2010年5月30日日曜日

10.5.29 旅れっしゃ京葉号・3

旅れっしゃ京葉号の走行シーンを撮るため、検見川浜駅ホームに降り立った。
そういえば、この駅で写真を撮った記憶がないな…。

蘇我方は人だかりが見えたので、東京方で駅を抜ける姿と後追いを撮ることにした。先客が3名しかいなかったこともある。


「快速」



209系500番台(検見川浜)

背後に幕張新都心のオフィスビル・住宅街が映えるこの駅、京葉線らしい風景が撮れるようだ。海浜幕張折り返し便が顔を出さない区間なのが玉にキズだが、天気のいい日に東京行ホーム側から撮ってみようかな。

このあと、蘇我行ホームに通過列車接近のアナウンス。…と思ったら、反対から113系が近づいてきているではないか。被るか?



113系「旅れっしゃ京葉号」(検見川浜)

スラブ軌道の駅部を轟音を立てて高速で通過する京葉号。総武快速時代の快走っぷりが再現。動画で撮りたかったくらいの光景だった。
もともと京葉線の接近放送はかなり早め。京葉号がゴウゴウと走り抜けたあと、下り特急が通過していった。
(後日追記:残念ながらマリS65はこの3カ月後の2010年8月26日に廃車のため長野へ旅立ちました)


近回り? 遠回り?


1000系(千葉みなと)

なぜか千葉都市モノレールが登場。

検見川浜で居合わせた方からEast-iが2本とも総武線にやって来るという話を聞いた。DJ誌を見せてもらうと、キヤのほうは越中島貨物線の検測のようだ。
永代通りを横切る踏切(メトロ東西線東陽町—南砂町間の頭上に位置する)で撮ってみたいなぁと考え、ケイタイで東陽町までの時刻を調べたら、ギリギリ間に合いそうな結果が出た。それに従ったのがこの千葉みなとでのモノレールのりかえだった。



1000系(千葉みなと)

この列車に乗って千葉へ移動。
予定では千葉から総武快速、船橋から総武緩行、西船橋から東西線快速というものだったが、総武快速の車内で眠気が強くなり、「亀戸のホームから築堤を走るキヤを撮るか」というラクラク方面に変更。

新小岩操にいたカシオペア色のEF81を気にしながら新小岩で快速を降りると、快速東京方ホーム端には撮影者が3名ほど。ここでもいいけど、亀戸に行くか…。
緩行ホームに移り、やって来た上り列車に乗った直後、キヤが鉄橋を渡って来てしまった。

すぐ緩行から降りたが、快速ホームのさらに向こうを走るキヤは撮れずじまい。
この先新金線を2本のEast-iが進んで常磐線に抜けるようだが、今回は肌寒い気候もあって帰りたくなったので追いかけるのはやめた。

折り返す前にPFがこちらへ向かって来たので千葉方端っこから記録。


EF65 1086(新小岩)

遠目には青い作業服の係員でも乗ってるのかと思ったが、ただただ塗装が剥がれているだけだった。旅客車ではあり得ない剥がれだ。(いや、東西線の103系1200番台にこんなのがいたことも…)。


E231系(新小岩)

この後やって来た下り緩行に乗り込むと、電車のほうのEast-iが房総方面から新小岩操に入ってきた。貨車の列を挟んだ向こうにはカシオペア色の81が先頭についたキヤのほうが休憩中。2本のEast-iが居合わせる光景を目の当たりにし、少々残念な気分に。


253系特急「成田エクスプレス」(市川・緩行車内より)

市川で遭遇した253系。緩行の運転席背後から窓を通して撮ったもの。この車両もあと一ヶ月ほどで撤退となる。なんだか千葉はリーチがかかっている車両が多いな。

朝、チャリで二俣新町へ出たので、西船橋から南船橋経由で帰る。


205系(南船橋)

この各駅停車で二俣新町へ移動。すぐ外へ出ずに、次の通過列車くらいは撮って行こうと待ったら…。


205系(二俣新町)

来たのは20周年HM付205系ケヨ6。209系500番台の2本は記録済みだが、この編成は何度かすれ違ったことはあるものの、未だ撮れていなかった。
さらには次の下り各停は「14両3ドア」の表示が出ていたので、これも待って撮影。




E331系(二俣新町)

この列車を以て本日の撮影終了。けっきょく東陽町への最速ルートは実行せず、遠回りで帰っただけとなった。

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)

10.5.29 旅れっしゃ京葉号・2

ゆるキャラを眺めたあと3番線へ上がると、当駅折り返しの205系が停車中。
京葉号が停車している間は常に形式写真を撮れるわけではないのだ。まぁ、復路も同じように停まるから、ここは焦ることはない。
…と言いつつも、205系車内から覗いてみたら幕が回っているじゃないか。


サービスタイム

205系車内はガラガラ。先にやっていた人に便乗して、隣の一段下降窓を下ろして撮ってみた。



113系「旅れっしゃ京葉号」(海浜幕張)

左の銀色は205系の車体。それにしても、「総武線」幕を見るとあの日を思い出すなぁ。

205系が出発して113系撮影タイム再開。


113系「旅れっしゃ京葉号」(海浜幕張)

しばらくこの近い過去の姿を思い出す幕を出していたが、こののちさらなるサービスタイム開始。ただただ幕が変わってるだけの写真を並べていこう。




113系「旅れっしゃ京葉号」(海浜幕張)

横総区間の行先シリーズ。「津田沼」以外は回転中の撮影。「両 国」なんかもあったが、タイミングが合わなかった。このシリーズは実際に使われたことはないんじゃないか?



113系「旅れっしゃ京葉号」(海浜幕張)

快速 木更津」と「快速 茂 原」。快速の文字がきちんと内房色・外房色に塗り分けられているが…このシリーズも初めて見た。茂原は回転中のもの。



113系「旅れっしゃ京葉号」(海浜幕張)

見慣れないが現存する行先コマ。「 旭 」は銚子1909発総武本線2382M、「成田空港」は千葉732発総武・成田線1431Mで使われている。ともに真っ昼間には見られないわけだ。ともに幕を止めた状態での撮影。

成田空港まで撮ったところで次の当駅折り返し京葉線が3番線に入線。その頃に「特別快速」幕が出たが、これは撮れなかった。
出発時刻が近づいたのでこのまま3番線の端へ進み、後追いを撮ることにした。


113系「旅れっしゃ京葉号」(海浜幕張)

また顔出し。バカが減らないね。


記録タイム

113系出発後、続行の列車で検見川浜へ移動しようと考えたが、ホームを移る前にとっとと蘇我行が出てしまった。


201系・205系量産先行車(海浜幕張)

折り返しホームには201系と205系が顔を並べた。



E257系特急「わかしお」・201系・205系量産先行車(海浜幕張)

205系は栄えあるトップナンバー車・ケヨ24だった。せっかくこれもしばらく停まっているので、205系の1番を撮りまくり。




205系量産先行車(海浜幕張)

10両編成のうち、この5両が1番。蘇我方クハ205-1から東京方クハ204-1まで連結順。国鉄世代の量産先行車、E233系の投入で廃車となる可能性がきわめて高いが、クハは国鉄初のステンレス通勤形電車として、山手帯に戻してぜひ保存してほしいものだ。


205系量産先行車・201系(海浜幕張)


201系(海浜幕張)


205系(海浜幕張)

ようやく来たこの列車で隣の検見川浜へ移動。(つづく)

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)

10.5.29 旅れっしゃ京葉号・1

京葉線に113系の臨時列車が走るという情報を聞いたときには驚いた。その名も「旅れっしゃ京葉号」。

蘇我で113系天国の外房・内房線に接続し直通運転も行う京葉線だが、その形は「片乗り入れ」で、房総用113・209・211系が京葉線に入ってくることはない。
京葉線が東京に達する前には「東京開業時には113系が房総からの直通運用で入る」なんて話(もしくは噂)も出ていて、蘇我—東京間途中ノンストップの通勤快速の設定が発表されたときは、クロスシートのある車両はちょうどいいだろうと誰もが思った。E217系がまだない時代だ。
ところがフタを開けてみれば、京葉線の4ドア車ですべてをまかなうということになっていた。

私は鉄活動が途絶えていた時期もあって全ては知らないが、113系の旅客列車が京葉線を走ったという話は聞いたことがない。
ちなみに3ドア車でいうと常磐線用403・415系が「ワンダーランド号」で、また北関東方面の湘南色115系・E231系なんかも団臨で京葉線への入線実績がある(こちらの記事参照。E231系のネタはなし)。


たった4駅間の「旅」

「旅れっしゃ京葉号」はよくわからない不思議な行程。
新習志野11:16→海浜幕張11:21-11:59→検見川浜・稲毛海岸通過→千葉みなと12:07-12:20→海浜幕張12:29-13:05→新習志野13:10というものだ。
ちなみに、びゅう商品としては大人¥2,500で新習志野発着の往復乗車ツアーがあり、駅弁・冷凍みかん・ポリ容器のお茶という懐かしの3点セットと、京葉線オリジナルハンドタオルが付く。
幕張メッセでは「旅フェア2010」が行われているそうで、それに関連したものなのかもしれないが…。どうせなら東京—蘇我間の全線を走ってくれたら楽しいのに。撮影ネタとしてもね。

始発駅の新習志野に11時前に赴くと、ホーム上のあちこちに鉄道ファンが。言い換えると、明らかに一般客でない人ばっかり。
入線を狙える1番線ホーム蘇我方は場所獲りが難しそうなので2番線の端へ回ることにした。そのホームへ上がると、EF65PF国鉄色牽引の貨物列車が1番線を通過。うーん、これは撮りたかった。



旅れっしゃ京葉号の発車時刻表示(新習志野)

珍しい表示も記録しておく。ローマ字にはいろいろ決まりがあって、方向幕や駅名標では「海浜幕張」を「KAIHIMMAKUHARI」と表記する。「ん」がMの前にくる場合は「M」になるのだ。しかし、このLED表記では-が入っているので「KAIHIN-MAKUHARI」が正しいんでは? とも思ってしまう。
ちなみに「八丁堀」は「HATCHOBORI」で、Oの上には−が付く。これはメトロも一緒だ。


E331系(新習志野)

PFに続いてのフォトジェニック車はE331系。いまのところ順調に休日運用を続けている。


201系(新習志野)

そしてこの201系が到着するころ、背後では113系がケヨ区からのオーバーパスに現れ、一旦停止していた。201系に気を取られ気づかない人間もいた。脇に見切れている1番線側の人間にとっては201系が被る恐れも発生。



201系・113系「旅れっしゃ京葉号」(新習志野)

蘇我では日常的に見られる車両の組み合わせだが、「海浜幕張」と「快速」という非日常的な方向幕の組み合わせ。…なるほど、検見川浜と稲毛海岸を通過するから「快速」表示なんだな。2枚目には撮影者の多さへの警戒からかハイビームに切り替え。




113系「旅れっしゃ京葉号」(新習志野)

どうやら1番線組は被られずに済んだ様子。速度制限がきついのでかなりのスローな入線だった。
駆り出されたマリS65は房総方先頭車が2000番台で、ほか5両は1500番台車。つまりは113系の中では車齢が若く、全車シートピッチが広いタイプだ。

この後1番線に回って停車中の姿を撮ろうかとも考えたが、新習志野方3両はびゅう商品購入者向け、千葉みなと方3両は一般開放とのこと。1ボックス空いているところを見つけたこともあって、113系のボックスでの京葉線乗車体験をすることにした。


113系「旅れっしゃ京葉号」車窓(新習志野)


113系「旅れっしゃ京葉号」車窓(新習志野—海浜幕張)

窓を開けつつ、113系の窓枠はしっかり入れつつ撮ってみた。ケヨ区へ帰って行く209系500番台に遭遇。




113系「旅れっしゃ京葉号」車窓(新習志野—海浜幕張)

201・205系に混じって、デビューを待つE233系の姿も。4本が寝ていた。数年後には、この位置はE233系ばかりになるわけだ。


東京開業当時の風景(新習志野—海浜幕張・1990.3)

走行中列車の運転台背後から撮った東京開業当時のケヨ区。まだラシ区だったか? 背後のビルの数のちがうこと。
端の205系はマリンちゃんのHM付、103系低運車の付属4連は2本とも1灯ヘッドライトのクハ、415系はワンダーランド号、手前の高運103系は「京葉線」表示だ。
そういえば、「京葉線」幕に固定されていた51+K1編成はマリ区に疎開しているとか。4本の201系からついに離脱車が出てしまっているのだ。今後も51+K1が走らないままなのかは明らかになっていない。



113系「旅れっしゃ京葉号」車窓(新習志野—海浜幕張)

窓を開けていてもさすがにカッチリは撮れず。「走行中は窓を開けないで」のアナウンスがあったのはこの頃だったか? 先に言っておくれ。


線路下でも撮影会

千葉みなとまで乗ろうかと迷ったものの、やはり長い停車時間の間席を守ってじっとしているのも何なんで海浜幕張で降りる。


113系「旅れっしゃ京葉号」(海浜幕張)

側面方向幕は「臨時」。



旅れっしゃ京葉号の発車時刻表示(海浜幕張)

なぜか「始発」表示になっている海浜幕張ホームの表示。


「駅弁屋」さん(海浜幕張)

駅弁屋さんを尻目に3番線に回って113系を撮ろうとコンコースに降りたら、ゆるキャラ軍団に遭遇。




ゆるキャラ&ご当地ヒーロー集合(海浜幕張)

Suicaペンギンや千葉県の地図を象った赤いイヌ…もとい、イヌに似た架空の動物・チーバくんをはじめいろんなゆるキャラが集合。即席撮影会が始まった。高架上では113系の撮影会状態で、上でも下でも、という感じだ。
ちなみに、ビアミーゴの写真に見切れているベイスターズのユニフォームを着ている人は単純に千葉マリンスタジアムへ交流戦観戦に来たベイファンで、ゆるキャラではない。
千葉県民の私は一度チーバくんをナマで見てみたかったので、この出会いには感激。

それぞれのキャラがなんなのかは、各自お調べください。(つづく)

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)