2014年9月20日土曜日

14.9.14 夕方の京成本線

東武スカイツリーライン北千住駅から京成へ移動し帰ることに。
今回は家から東中山までチャリで出てきているからだ。


温泉と自動車学校

押上のりかえか、牛田・京成関屋のりかえの2つのパターンがあるが、日も暮れてきたので、北千住の次の牛田ですぐ下りるほうを選択した。

東武の牛田駅と京成の京成関屋駅は細い街路を挟んで向かい合っており、のりかえは簡単にできる。
京成は全国に被る地名の駅があると、きちんと「京成」を冠するようにしており、同じ街の中に他社線の駅がないのに「京成」が付く例としては、 京成関屋のほか、京成立石、京成高砂、京成大久保、京成大和田、京成臼井駅がある。


3000形(京成関屋)

ここでは次の列車を待つ間だけ撮影。



AE形(京成関屋)

下り線上野方は先月訪れた北総線松飛台と同じ、ちょいカーブアングル。上り線成田方もカーブアングルだ。



3000形(京成関屋)

この千葉線直通の普通列車最後尾に乗る。
車窓は夕日が西から差し込む風景。オレンジ色が絡んだ写真が撮れないかと青砥で一旦降りてみた。


3600形(青砥)

押上線からの京成成田行。京急に入れない3600形8連なので、西馬込からの列車だ。少しだけオレンジが出ているか。


(青砥)

昭和の空気を残す看板が映えていて、撮らずにはいられなかった。天然温泉と自動車学校…何も関連づけのない看板だが、事業者が同じということなのか?



北総7300形(青砥)

押上線は元々本線であったため、青砥駅への進入はこちらが直線となっている。



3000形(青砥)

本線は大きなカーブで入ってくる。下町に二重高架が万里の長城のようにそびえ立つ。スカイツリーはうまく絡まなかった。




3050形(青砥)

青砥駅ホームは現在上野・押上方のホーム端は立入禁止になっている。10連対応の長いホームの余分にあたる部分のため列車は停まらず、イブニングライナーの発券所の建物があって歩ける幅が狭く危険なのだ。



3000形(青砥)

先月1時間弱で4編成すべてに遭遇した3000形8連口にまた遭遇。3026Fは8次車で、3056F(3000形7次車)よりも新しい編成。設計最高速度も3050形と同じ130km/h(6次車までは120km/h)で、3050形との違いは車体内外の装飾だけ。


AE形(青砥)

AEは1本は撮っておこうと待っていた。


3700形(青砥)

次に来た芝山鉄道直通の快速芝山千代田行に乗る。


3700形(東中山)

日が暮れた東中山に到着。側面行先表示を撮る。
勝手の分からない乗客にとっては、日本語でも英語でも意味がわからない表示。なにせ、肝心の終着駅名の一部「千代田」が入っていないのだ。


3000形(東中山)

快速待避の普通佐倉行。青砥のカーブで迎えた列車。



(東中山)

改札を出て跨線橋から西を見ると、こんなステキな風景が。
これにてこの日の撮影終了。

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)

14.9.14 北千住定点

綾瀬からメトロ千代田線にひと駅乗って、北千住で降りる。
改札内連絡通路を抜けると東武・メトロ日比谷線のコンコースへそのまま出られる。


柱を交えて

通り抜けルートととして東武スカイツリーラインの1階ホームへ。


10050系・10030系(北千住)

2面4線の1階ホームは、運行区間に日比谷線が絡まない浅草・押上口の列車が発着する。
日比谷線開業から平成初期まではこの地上の2面4線のみで、外側ホームが浅草口列車、内側ホームが日比谷列車用だった。
南千住から高架で進んできた日比谷線は伊勢崎線下りを乗り越したあと一気に坂を下り、ホームに滑り込む形だった。ホーム直前まで坂だった記憶がある。

ここから2階コンコースを経て3階の日比谷線ホームへ。2面3線で、外側5・7番線が東武・メトロ相互直通、中線は6番線で当駅始発の日比谷線列車が使う。
北千住で降りたのは、ここでカーブを進んでくる日比谷線03系を撮ることが目的。03系のカーブ写真は平成元年の多摩川園での後追いしか撮れていないのだ。
日比谷線は再来年から車両の20m化が開始される。東武20000系列と合わせ、いまのうちにここを走る18m車たちをたくさん撮っておこうという考え。



20000系(北千住)

このアングルは昨年5月に訪れたときに見つけた。顔は北向きになるので光線条件はよくないし、架線柱も編成にかかるのだが、日比谷線車両のカーブアングルを撮れる場所を知らないもので、敢えてここに来たのだ。



20050系(北千住)

2本目は5ドア車・20050系。昨年ここで1本だけ撮ったのもこの20050系で、この編成より1番若い21852Fだった。



03系5ドア車(北千住)

やっと来た03系はこちらも5ドアの16F。03系・20050系とも8連の両端2両ずつが5ドアになっている。日比谷線内の駅は出入り口がホームの端にあることが多く、どうしても付近の車両が混む傾向になるのだ。
私も現在は茅場町—東銀座間で通勤利用しているが、朝は5ドア車が入る号車にはまず乗ることがない。


20050系(北千住)

スカイツリーと列車を絡める。が、柱もたくさん絡む。なお、画面下部を横切っているものは階段・エスカレーターのスペースの壁。
編成は先ほど北千住終着で来た21853F。 伊勢崎方の引き上げ線で折返し、中線からの出発。なお、中線は中目黒方面行の客扱いしか行わないので、私が撮影のために立っている南栗橋方面5番のりば側は柵が付いている。


20000系(北千住)

東急東横線の渋谷地下駅乗り入れ・メトロ副都心線との相互乗り入れ開始と同時に、日比谷線・東横線相互乗り入れは廃止。東急車が顔を出さなくなった。その分で東武車の北千住止まりも増えたかもしれない。


03系(北千住)

7番線発の03系とスカイツリー。


20000系(北千住)

南栗橋行。日比谷線・東急東横線相互乗り入れ廃止と同時に、東武口は一部列車が東武動物公園から先、日光線に入った南栗橋まで走るようになった。
それ以前は平日朝に1本だけ東武20000系列による東武動物公園→南栗橋→日比谷線という運用があり、当時わざわざ撮りに行ったが、いまは珍しくもなんともなくなってしまった。ただ、日比谷線系統の南栗橋行は全体の本数から見るとそう頻繁には設定されていない。


20000系(北千住)

6番線出発の始発列車。当駅止まりで引き上げ線に入ってもすぐに出てくるダイヤになっている様子。




03系(北千住)

03系幕車登場。わが地元・東西線の05系はすでに幕車が姿を消している。
手前の柵のラインをホームのラインと合わせて撮るのは西船橋駅7番線中野方で習得した撮り方。


03系(北千住)

障害物が多いのが難。




03系5ドア車(北千住)

5ドア車の東武動物公園行は先ほどと同じパターンか。行先表示は6文字で窮屈な分、文字の太さは抑揚を付けずすべて1ドット分に抑えられている。


03系(北千住)

もはや、ただひまつぶしで撮っているだけのアングル。



03系5ドア車(北千住)

5ドア・幕車の北千住行。03系の運行番号表示は他のメトロの車両に比べて大きいのが特徴。



20000系(北千住)

20000系トップナンバー。



03系5ドア車(北千住)

到着予告が「回送」「当駅止り」「北越谷」と出たので、その3本を撮って終えることにした。この回送列車はおそらく隣の南千住にある車両基地から出てきたのだろう。


20000系(北千住)

20000系20000型(当ブログでは20000系と表記)はすべて幕車。


20050系(北千住)

20000系20050型(当ブログでは20050系と表記)はLED表示器を使用。先に撮った21853Fとともに、屋根上のクーラーキセが茶色く染まっている。


10050系(北千住)

移動のため1階ホームへ。


東急8500系(北千住)

ずっと北千住にいながら、フロアが違うため東急車は初撮影。半蔵門線からの東急車は伊勢崎線久喜・日光線南栗橋までやって来る。なお、「東武スカイツリーライン」は浅草—東武動物公園間の愛称で、伊勢崎線でも東武動物公園以北は単なる伊勢崎線である。


10050系(北千住)

浅草口の10050系(10000系10050型)普通列車が並ぶ。北千住止まりの普通列車からその先の普通列車のみ停車の駅へ進むには、3階の日比谷線ホームまで上がる必要があり、のりかえ時間は2分と案内されている。


200系(北千住)

りょうもう号が来たので、これを撮って浅草行普通列車に乗り込んだ。

なお、この記事をまとめているときに調べて知ったのは「カーブ写真は南千住の北千住方で架線柱もかからず撮れる」ということ。
10代のときにその位置から北千住へ向かう列車を後追いで撮っているが、ズームがいまほど利かなかったのでカーブアングルで撮ることはなく終わっていた模様。

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)