2016年12月25日日曜日

16.12.4 グレーのデキ

いろいろとネタがありそうな12月であるが、撮影に行けていない。
疲れてたり、寒かったり、用事があったり…
ちょっと遅れてしまったが、月初の話を。


デキきちゃったの

朝マックを買いに出かけた4日日曜の朝、わが市川市内の千葉県立現代産業科学館を冷やかしてきた。


銚電デキ3(千葉県立現代産業科学館)(i)

なんと、ここには銚電デキ3が置かれている。
千葉県の鉄道展がこの4日まで行われていて、この車両も展示のために持ってこられたのだ。
まだ開館前のため、屋外の公開空地(こうかいくうち)に置かれたデキもパンタグラフ状の門で仕切られている。


銚電デキ3(千葉県立現代産業科学館)(i)

すき間から撮ってみたが、フェンスが入るのを避けようとして下が切れてしまった。
実は前日機種変で手にしたばかりのiPhone 7 Plusで撮っていて、イマイチ勝手がつかめていない。


銚電デキ3(千葉県立現代産業科学館)(i)

縦アングルですっぽり。
企画の一環なんだろうが、なぜグレーになっているのかはよくわからない。
レタリングも切り抜き文字の『AEG』以外は表現されていない。


銚電デキ3(千葉県立現代産業科学館)(i)

板バネ台車が特徴的。


銚電デキ3(千葉県立現代産業科学館)(i)

引退前はビューゲルだった集電装置は、現在は登場時のポールに戻されている。


銚電デキ3(千葉県立現代産業科学館)(i)

脇に表示された説明書き。


銚電デキ3(仲ノ町・2015.9.22・再掲)

デキ3とは昨年に続いて2度目の対面。本来こんな色をしている。
調べてみたら、グレーの理由は何と「黒塗りが間に合わなかったから」だそうだ。グレーは下地の色ということか。
ただ背後の建物とマッチングしてるし、これはこれで面白い記録になってよかった。

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)

2016年11月6日日曜日

16.11.6 E電の時代

半蔵門線・田園都市線渋谷駅からハチ公前に出る。
東急5000系のショーティが置いてあるが、最近はハロウィンにちなんで『ポムポムプリン』に「仮装」していた。
11月になったため期待はしなかったが、やはり元の東急グリーンに戻っていた。
とにかく常に人がいる場所なので、5000系をすっきりと撮るのは難しい。


東急5000系カットボディ(渋谷・2007.1.18)(mb)(再掲)

このときも顔の前に人がいない瞬間が訪れるのを待って撮ったっけ。縦アンなのは横の人たちまではカットできないため…だったと思う。
いろんな人間がいるこの場所だが、よく悪質ないたずらをされずに保ってるなぁと思う。


しののめの

5000系の現状確認(結局「原状確認」になった?)を終え、JRに入場。
埼京・湘南新宿ライン〜りんかい線〜京葉線で帰路に就きながら少しずつ撮影を続けた。



E231系(渋谷)

ハチ公口から入ると山手線外回りホーム経由で橋上コンコースに上がり、動く歩道のある長い通路を経て埼京・湘南新宿ラインホームに到着。
この列車はその長い通路の足元のカーブを進んで来た。
渋谷駅は東横線が地下に潜り、銀座線も明治通り上にホームが移るためこの2日で線路移設工事が行われているが、まだまだ動きが出る。
東横線の跡地を活用し山手線は島式1本スタイルに戻しつつ広い幅のホームに、埼京・湘南新宿ラインホームも山手線と並ぶ位置に移動となり、長い通路は解消となる。この写真の風景が見られなくなる日が来るわけだ。



E233系(大崎)

E231系中電で大崎へ出た。りんかい線新木場行が2本停まっているが、先発は埼京線からの直通列車のようだ。
こちらのホームに停まっているのはハエ101・7000番台のトップナンバーだった。向こうはハエ122。
ちなみに川越車両センターが「ハエ」となるのは、旧仮名遣いの「か」が由来だからだそう。カワとかコエじゃダメだったんだろうか?
現在の東十条駅に隣接する車庫が電車区だったころは「下十条電車区」と呼ばれたが、その記号は「モセ」で、「しじうう」から来ていた。…ヘンなの。


埼京線E233系(東雲)

埼京線からの直通列車でりんかい線東雲(しののめ)に移動。



埼京線E233系(東雲)

もう夕方にさしかかっているので、顔に日が当たるのはこっち向き。
りんかい線70-000形を期待したが、JR車だった。




埼京線E233系(東雲)

緩めだがカーブアングルが撮れる。埼京線E233系のカーブ写真を撮ってなかったので、ここに寄ったのはそれが目的だ。


埼京線E233系(東雲)

となりは終点の新木場。さっき乗ってきた編成が帰ってきた。



埼京線E233系(東雲)

トップナンバー編成。逆光も逆光だな。逆光も味があって好きだ。


埼京線E233系(東雲)

どうせE233系が続くのは大崎でわかってましたよ…と思ったら、大崎で反対側にいた編成より1番大きいハエ123編成だった。


最下位

画変わりもないままりんかい線から撤収。新木場で京葉線快速に乗り新浦安で各駅停車にのりかえる。


E233系(新浦安)

なんと京葉線E233系を撮ったのは2年ぶり。E233系が出そろってからはあまり撮らなくなったからな。
家の近所を走っているので姿はそれなりに見ているし、前回撮影後も何度も乗ってもいるはずだ。


E233系(新浦安)

私が撮り鉄を再開した頃は205系京葉顔・ノーマル顔、201系、209系500番台が走り楽しかったが、現在はE233系のみ。
唯一残っていた209系500番台ケヨ34は10月下旬に秋田総合車両センターへ向けてEF81に牽かれてケヨ区を後にしたが、トラブル発生で東大宮でリタイヤし、与野駅前に留置されている。
秋田へ向かったのは機器更新のためと言われており、武蔵野線への転属ではなかったようだが…未だケヨ34が1本だけ残っている明確な理由はわからないまま(E331系が計算通り使えず廃車になった分? それならE233系を1本多く造ればいい話だが…予算の関係とか?)で、ナゾが多い存在となっている。



E233系(二俣新町)

地元・二俣新町駅に到着。以前はよく撮ったカーブアングルで久々の撮影。

二俣新町駅は昨年度の乗降客数調査で越中島駅に抜かれて京葉線内最下位となった。
この駅の周辺は倉庫・工場が多く、利用者はその通勤客がメイン。平日朝夕が混み合うものの、それ以外の時間は非常に人が少ない。

駅付近の住宅としては二俣団地とそれに隣接したNTT社員の社宅があるが、二俣団地は最近閉鎖され、現在はゴースト団地となっている。越中島に抜かれたのはこの団地の閉鎖もあると思う。
団地内には市川市立二俣小学校・二俣幼稚園があり、私は団地住民ではないがどちらにも通った。
小学校は1学年2クラスにまで減ってしまったというし、幼稚園は昨年度限りで閉鎖されている。
二俣団地は基本的に省庁の官舎であり、防衛庁(当時)の家族が多かった。転勤が多く、二俣小では6年生にもなるとクラスで転校経験者が半分以上というのが当たり前で、時には転校先で知っている子と再開したということもよくあったようだ。

二俣団地の土地は売りに出されており、5階建て30棟が並ぶ広い敷地が何に化けるか、楽しみでもある。



E233系(二俣新町)

こういう感じも逆光の楽しさ。



E257系500番台特急「わかしお」(二俣新町)

特急登場。5連かと思ったら、2本併結の10両編成だった。
房総特急は本数削減が進み、255系が総武線、E257系500番台が京葉線発の定期特急に振り分けられた形になっている。


(二俣新町)

京葉線は9月25日にATOSが導入され、ホームではこんな表示が見られるようになった。
…一般客がふと見ても、何のことだか理解できないんじゃないか?
この表示は16時発の各停東京行がいま3つ手前の海浜幕張に居る、ということなんだろうが…。


(稲毛・2016.11.20)(sp)

(後日追記)
所用で訪れた稲毛駅では「で、こうなった」という結果を見た。
こちらは表示幅が狭いようで、3駅間。緩行しか来ないため次の列車の表示は「中野 16:00」で、種別は出ていなかった。時刻と行先の順番も京葉線と逆だ。



E233系(二俣新町)

2013(平成25)年3月のダイヤ改正で武蔵野線列車の通過運転(「武蔵野快速」)がなくなり、京葉線内の快速列車は「通勤快速」と「快速」の2本立てとなった。武蔵野快速がある時代、この京葉線内の快速は「京葉快速」とされていたが、駅の表示器ではこないだのATOS導入まで「京葉快速」の案内表示が続いていたようだ。
なお、京葉快速の車両における種別表示は過去に走った系列も含めすべて 快速 となっている。




E233系(二俣新町)

各停を撮って撮影終了。

この記事ではEがつく車両ばかりだったな。
1987(昭和62)年に国鉄が民営化でJRとなった時、JR東日本での「国電」に代わる愛称として公募から無理矢理選ばれたのが「E電」だった。
当初は駅の表示にも使われたがまったく定着せず、いつしかNHKの朝のニュースの運行情報でJR東日本社員が「新幹線・E電各線とも平常運転です」と言うときにのみ聞ける状態になっていたが、気づいたときにはそこでも言わなくなっていた。

車両では、1993(平成5)年に走り始めたE351系からJR東日本は新系列に「E」を冠するようになった。
E231系・E233系の大量生産により、今こそ「E電」が定着した時代であるとも言えよう。
さて、武蔵野線に「E電」が入るのはいつであろうか? 転配により意外に近い時期に実現かもしれないが…。

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)

16.11.6 ブツ切り銀座線・2

日本橋での撮影のつづき。

01系がいつ現れるかわからないので、列車の音が聞こえるとトンネルを覗くのを繰り返していた。
AB線ともトンネルの奥からヘッドライトの明かりが側壁を照らしてく拡がってくるが、A線の3本目ぐらいだったか、LEDでない暖色のライトが光り、01系が現れた。

少なくとも、その編成が浅草からここに戻ってくるまでは居続けることにした。ちょっと長い時間になるな。


画変わりなしの40分

01系が去ったあと、メモ代わりに次の溜池山王行を動画撮影した。駅の自動アナウンスもしっかり行先を読むので、その記録のためもあった。
いつも通りここにはアップしないが、編成は75Fだった。


1000系(日本橋)

ここからはただただ来た列車を撮っていく。83F。


1000系(日本橋)

70F。この編成は車内の座席端の仕切りに派手な模様が入っていた。
そして、窓ガラスは曇ったガラスに指で絵を描いたような加工がしてあった。最近はクリスマスを意識した時期に路面店なんかのガラスでよく見かける。



1000系(日本橋)

76F。1000系を撮ったのは一昨年以来で、当時はブルーリボン賞受賞記念のステッカーが正面運転台下に大きく貼られていた。ステッカーがない姿はこの日が初撮影であることに後から気づいた。


1000系(日本橋)

80F。1000系はメトロ初の「基本がラッピング姿」という車両。
ラッピングシートの技術の向上により、塗装車と同様に全身に色を纏うことができるようになった。



1000系(日本橋)

77F。1000系のカラーリングや顔つきは東京地下鉄道1000形のイメージがベース。ヘッドライトは2000形をモチーフにしている。
その後銀座線の色はオレンジに変わっていったが、屋根の赤は1500N形まで続いた。


1000系(日本橋)

56F。51Fの営業開始から4年経ち、一部にはラッピングに汚れやヨレが見える編成も出てきている。




1000系(日本橋)

52F。日本橋駅手前がカーブと坂であんな感じの風景であることは、この日初めて知った。


1000系(日本橋)

69F。私が9月3日に静岡駅付近で新幹線の中から見たのは87Fの甲種輸送だったようだ。


1000系(日本橋)

68F。1000系は40本用意される計画で、すでに38本(51F〜88F)が登場している。


1000系(日本橋)

53F。どこかで読んだ話では、最後の2本は他の編成と多少違う感じで登場するとか…。
(後日追記)89F・90Fがより1000形に近いスタイルで登場することが11月17日に正式リリースされた。

コマ数が多いのでそれぞれにテキトーな話をちりばめながら進めてきたが、次の列車でようやく暖色ライトがトンネルの奥から現れた。



01系(日本橋)

01系22F。01系の溜池山王幕のことは考えたこともなかったが、貴重な記録になった。
結局当駅到着後この列車が来るまで40分待った(到着時点では来るのを把握してなかったが)。


01系(日本橋)

38編成あった01系はすでに04・06・22・30Fの4編成にまで減ってしまったそう。
LED行先表示の車両(32F以降)とVVVF車(37・38F)は一足先に全廃となっているが、35F・36Fは熊本電鉄でシングルアームパンタを載せてそれぞれ2連となって活躍している。


1000系(日本橋)

次の1000系の列車に乗り込む。「溜池山王ゆき」を表示したモニターも記録。

溜池山王の渋谷方端っこでは想像ほどではなかったが撮り鉄が複数待っていた。
この2日間は乗ってきた客が全て降りる。南北線への乗客誘導のため警備員が配置されており、きっと撮りづらいんじゃないかと思う。
何も撮らず、南北線ホームへ移動。両線間ののりかえは意外に短い距離であった。

南北線でひと駅・永田町へ移動。ここでの半蔵門線へののりかえはそこそこ距離があった。
半蔵門線もひと駅乗って、青山一丁目に到着。


外苑前のために

銀座線の混雑緩和も兼ねて建設された半蔵門線は、渋谷—永田町間で銀座線と並行している。渋谷・表参道・青山一丁目・永田町(→赤坂見附に接続)で銀座線にのりかえができる。
つまるところ、この間はほぼほぼ銀座線の代用として使えるのだが、表参道—青山一丁目間には銀座線にのみ外苑前駅が設置されているため、同駅利用者を放っておくわけにいかないのだ。
この2日間は表参道〜外苑前〜青山一丁目の3駅間のみの区間運転となっている。

青山一丁目で半蔵門線ホームから銀座線ホームに移動。
ひとまず「青山一丁目」表示の列車を撮ろうと2番線(A線)ホームに入ろうとしたら、警備員に止められた。
2番線から列車に乗ることはできないからと言われたが、「写真撮りに来たんですが」と伝えたらあっさり通してくれた。


(青山一丁目)

ラーメン構造の間柱が並ぶ銀座線ホーム。標準軌の線路と架線がなく低い天井で、全体的にぼってりした感じの空間。




1000系(青山一丁目)

表参道行きの列車が渋谷方から1番線(B線)に現れた。浅草方先頭の停止位置はホーム端よりはみ出した格好。





1000系(青山一丁目)

1番線の表参道行が出て行ったあと、こちら2番線には87Fの青山一丁目行が到着。到着後すぐに「回送」表示となった。
客扱い終了後、渋谷方に引っ込んでいった。
この87Fこそ、9月に静岡駅先で見かけた編成。こんなレア表示で会えるとは。


(青山一丁目)

運転頻度は低く、表参道行を撮るため1番線に移動。渋谷方の間柱はリベット鉄骨を楽しめる。



1000系(青山一丁目)

渋谷方から回送で表参道行到着…も、やはりホーム端ギリギリ。こんなアングルでしか先頭の行先表示を撮れなかった。


1000系(青山一丁目)

モニターにもきちんと「表参道ゆき」表示。



1000系(青山一丁目)

ミラーも活用して撮影。


(青山一丁目)

1000系の顔をかすめつつトンネル内を撮る。駅を出たあとの間柱はごっつりと補強されている。


1000系(青山一丁目)

85F。これも今年登場の編成。この列車で表参道へ進む。


1000系(表参道—外苑前)

外苑前で本来の利用客が下り、先頭車に残ったのはカメラを持った鉄ばかり。


1000系(表参道)

表参道着。降りてすぐはまだ行先表示中。人が結構入ったがどうにか撮れた。
この工事のとき以外使わないであろう「表参道」「青山一丁目」というコマはどういう登録になっているんだろうか?
たまたま1000系の中でも新しいほうの2編成が充当されているのは、製造時にこれに備えてプログラミングされたとかなのか、簡単に後付けできる仕様なのか…。どうにせよ、旧来のロール幕では真似できない芸当だ。


1000系(表参道)

そして、回送で浅草方に引っ込んでいった。このまま次の当駅止まりを待つ。


1000系(表参道)

次の列車も85F。だいぶ手前で「表参道」から「回送」に切り替わってしまった。
ご覧のように誤乗防止のための警備員が多く、駅員は撮り鉄に対して白線から出ないよう注意アナウンスを繰り返していた。

さて、85Fが続けて来ていたことは私は現場でまったく気づいていなかった。
この外苑前フォローの3駅間運転に関しては、A線87F・B線85Fがそれぞれの線路上をピストン運転しているだけで、それぞれの本来の営業運転の向きのみ客扱いをしていたのだ。
85Fは青山一丁目発は営業列車・表参道発は回送、87Fは表参道発が営業列車・青山一丁目発が回送ということだ。



B線で見た場合、溜池山王—赤坂見附間の渡り線を過ぎると渋谷まで渡り線は設置されていない。
もし表参道—浅草の通しで運転しようとすると、表参道—溜池山王間は1編成しか走れなくなってしまう。需要からしてそれは現実的ではない。
銀座線と半蔵門線の関係は前述の通りであり、外苑前フォロー運転は行い、赤坂見附は永田町駅と接続しているので列車が通らなくてもよいという判断になったわけだ。


東急8500系(表参道)

警備員が見切れるので表参道行の記録もとっとと終了。
半蔵門線の回送列車を撮る。青山一丁目でも「回送」の表示が出てたな。白昼の回送が多いのかな?


東急8500系(表参道)

相も変わらず8500系が次から次へと現れる。この列車に乗る。



東急8500系(渋谷—表参道)

最近私はよく当たるローレル賞プレート。
このあと渋谷で下りて改札を出た。

(右フレーム上部から入れるアルバムに、掲載した写真をカテゴリ別にまとめています)